セックスや自慰の後に虚しかったり悲しかったりするということは☆


旅するセクシー
響香です☆

 

 

 

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Being empty or sad after sex or masturbation is ☆
Kyouka’s Erosophy: Thinking from the viewpoint of my sensualogy ☆
People who feel emptiness or sad, please refer.

 

 

 

セックスや自慰をした後で

虚しさや悲しさを感じる人がいる。

 

 

 

 

これはなぜか?

 

 

 

わたしの官能学:Erosophyの根幹にある

 

生命は「種の保存」が最大の目的である

 

ということをベースに考えると

「そーだろーね」

っていう結論に至る。

 

 

 

セックスのメインとなる目的は
言わずもがな

種の保存=創造すること

である。

 

 

 

 

快感は
その最大の目的に向かって人類が否応なしに向かっていくための「エサ」である。

 

 

 

 

 

生命活動を維持するために「快感」という餌付けをされて、人は生きている

 

自分が本心から「これ気持ちいい」快感である、と感じることを人生で選び続けたら
健康は守られるはず。

 

 

反対に

 

自分が「不快」を感じることばかりを選び続けたら
大して長く生きることはできなくなってあっというまに人生は終わるだろう。

 

 

 

 

セックスは
最大の目的を行うための正当な流派(笑)だけど
種の保存から主張した場合の自慰というものは

快感をなんとか処理するための「応急処置」である。

 

 

 

(もちろん人によっては、それ自体が「愉しみの行為」のひとつでもある)

 

 

 

 

単なる自慰がむなしさや悲しさを呼び起こすとき

そこに横たわる原因は

 

 

 

「なにも創造がなされていないから」

 

 

 

これに尽きると私は思っている。

 

 

 

でもこれも「最初っから」というわけではなく
ある一定の時期や状態から
むなしさ・悲しさという感情・感覚が沸き起こるようになる、と思うのね。

 

 

最初は

好奇心をもって

「行為そのもの」を「愉しむ」ということが「目的」になっているはずなので
むなしさやかなしさが沸き起こるはずはない。

 

 

 

 

そして次に

 

 

 

「なんだこの快感(@-@;)!!!」

 

 

 

という驚きや
快感そのものに夢中になる時期があるはず。

 

 

 

 

 

 

問題は「その後」である。

 

 

 

 

 

生理現象によって
むらむらと、性欲がわき
手っ取り早く(笑)
セルフで愉しもうと
我が身を慈しみ感じさせてみるも

オーガズムを得て冷静になったときにこう思うのではないか?

 

 

 

 

 

 

「…1人でなにやってんだろ」

 

 

 

 

 

 

種の保存(創造)は
相手なくしてできないことである。

 

 

 

私たちは
誰に教わるわけでもなく
成長する過程でいつのまにか

 

「だれだれちゃんかわいい、すき」

「将来なになにくんのお嫁さんになるー」

 

という感情を持ち始める。

 

 

 

これは、生命に産まれながらに組み込まれているものだと私は思う。

 

 

そもそも、この感情が存在しなかったら種の保存まで導けないので
もう、こういう風になっちゃってるんだと思う。

 

システム上の話なんだ。

 

 

 

 

だから

細胞っていうか
DNAみたいなものに「そういう気分」にさせられちゃうわけなんで

「好きに理由はない」

ということが起こる。

 

 

 

(もちろん現代では「理由ある好き」もたくさんあるはず。
ただ、ここ一番!というときには、「理由のない好き」や「根拠のない嫌い」という感覚の方が行動の決め手となる場合が多い。
つまり、理由あることよりも理由なきもののほうが、上回って影響しやすい)

 

 

 

生命の本質にとって
理性なんて問題ではない。

 

 

 

 

自慰のあとのむなしさ・かなしさは

 

 

「なにも生み出すことのなかった快感への寂しさ」

「共に生み出す相手の不在に気づかされた切なさ」

 

 

なのだ。

 

 

 

なんというか

空気にお金使った、みたいな感じとでもいうのかな。

 

 

 

 

 

さて
自慰ではむなしさを感じてしまうようになったので
そろそろセックスを求めるようになってみる。

 

 

 

最初はやはり

セックスというものも新鮮で

 

「おお!これがセックスか!」

 

という

「初見の喜び」の方が先に立つので
むなしさやかなしさなんて
感じている暇すらないはず。

 

 

 

 

若干
そのときの体験で得た快感レベルによっては
「がっかり」「期待はずれ」という感覚がわくかもしれない。

 

 

 

でもそれは「こんなもんか」という
「想像したのと違った」という思いであって
虚しさや悲しさとは異なる感情のはず。

 

 

 

 

 

ところが、
「初見の喜び」もやがて色褪せる日が来る。

 

 

 

その時こそ本当のパートナー(子作りの相手)を
魂や細胞が求め始めた証拠である。

 

 

 

人は
幼い頃は
なにをしていても楽しく無邪気に体験を味わうことができていた。

 

 

 

無目的に砂をいじり
走るだけすら、無心で行なっていた。

 

 

 

 

だんだんと大人になるにつれ

行為に「目的」というものを求めるようになる。

 

 

 

 

「セックスをすること」が目的だったはずなのに

魂や細胞は

「種の保存」に向かわせるために
そこで満足させてはいけない、と
人の感情をかきたてる。

 

 

 

良いセックスと言われるものは

精神的にも肉体的にも「満たされる」セックスである。

 

 

 

セックスをして虚しさや悲しさが沸き起こるとき

これも自慰のときと同じく

「なにも創造に結びついていない」とき

そして

「手ごたえ(結果)が感じられないとき」

単なるオーガズムだけでは
満足できない状況が出て来る。

 

 

 

虚しさや悲しさといっても
誰もが感じるわけではない。

 

 

この感情が沸き起こる人は
よく自分の気持ちをみるといい。

 

本当はなにを感じているのか。

 

 

 

 

セックスだけではなく
人生全般や、日々のなかで
不足感や満たされていない感覚があるはず。

 

 

 

 

寂しさゆえにゆきずりの相手と
誰彼構わずセックスする人が
どこどこまでも満たされないのは

 

創造がなされないから

手ごたえもないから

結果につながらないから

何も残らないから

 

これがメンズであっても女性であっても、である。

 

 

 

 

(元々ココロに空虚を抱えている人は、外側から自己存在にエネルギーを吹き込んでもらおうとしがちなので、根本的に自分で自分を満たすことが必要にはなる。
自分の不安の源は「自分」なので、対処療法的に外側に逃げても、その時が過ぎればすぐ不安は戻る。
ところがその不安を感じることが苦痛なので、源を観ることなく、原因を外に求め続けて逃げ続ける。
内側に原因がある以上、逃げ切れることはない。常に抱えているわけだから。)

 

 

 

 

これも、
生命は
そういった活動はやがてできなくなる、ようにシステム上作られている、と私は思っている。

 

 

 

なぜなら、繰り返しになるけれど
種の保存=創造が目的なのに
「創造されないこと」に割いている暇なんかないわけで
そこから一刻も早く目を背けさせないといけないから。

 

 

だから、結果が出ないことに対して、生命体は無気力になる。

こんなことやってらんなーい

って
さじを投げ出す。
それでいいわけ。
しがみつかなくても。
本来
過去は過去のものとして現在に生きたほうが早く幸福になれるはずなのに
いつまでも執着している「執着がきつい」人ほど
苦しみが増す。

自然の理に反しているからもっともなこと。

結果につながることほど、楽しくてどんどんできるようになり
自信が増して元気になる。
 

メンズの場合は
風俗でサービスを受けたあと
虚しさを感じる人がいる。

 

 

ときどき

「こんな仕事いつまで続ける気なんだ」

などと
気持ちよくなっておきながら風俗嬢に説法くらわす人まで登場するけれど
これは
「性」や「性をサービスとして受けること」また、
「それをしている自分」に対しての「罪悪感」が「本人の中」にある。

 

でも、そういう自分を責める気持ちなんて感じるのは苦痛なもんだし
責める気持ちがあっても、ナチュラルな欲望には勝てないから
無意識の葛藤のすえに
「相手を悪者にする(人のせい)」という手段を取ることで、「責める」自分を見ないふりをしている。
無理やりとった手段なんだけど、相手を身代わりにしている、っていうだけである。
この人たちは普段から主に「罪悪感」と「自己嫌悪」を感じやすいと思う。
また、そんな感情を認められない「なにか」を心に持っているはず。

 

 

そもそも自分の欲望を受け入れていない人たちではないでしょうか。

(素直になれない人たち、ってこと)

 

 

 

 

風俗で虚しさ・悲しさを感じる人というのは

手ごたえを感じられず、結果が本来求めているものと合致していない、からである。

 

 

 

性欲は性欲であっても
創造につながる性欲(本来のパートナーとの結合)ができたときとでは
肉体の喜びは段違いなのである。

 

 

虚しさを感じるから
それを埋めてくれる「だれか」を求めて
あっちこっち彷徨ったところで
本当のパートナーに出会えない以上
いつまでも虚しさは消えることはない。

 

「実感」を得るまでは。

 

 

 

では、虚しさや悲しさを感じない人は?というと

 

本当に「快感」そのものを愉しもうと「割り切れている」人

行為の向こう側に、「別の目的がある」人

 

 

行きずりの相手とのセックスだとしても

「寂しさ」や「人恋しさ」ではなく

「さくっと気持ちよくなろう」というような割り切りがある人は
「目的」を無事に果たしさえすれば、虚しさや悲しさは起こらないはず。

 

目的を達成しているから
そういった形で「創造」がなされたことになる。

 

 

だから満足できる。

 

 

 

これは、お互いが割り切れていると、特に顕著になる。

 

 

都合が悪いのは
一方は割り切っているが、もう一方がさらなる結果(創造)を求めている場合
片方に不満が募っていくだろう。

 

これがもし、
メンズはいつも射精するけど女性は一度もオーガズムを得たことがない
しかも愛情を感じることもない
となると…そうとうなストレスになるはず。

セックスレスへ向かう道まっしぐらだろう。

 

 

逆もまた然り。

 

(セックスレスを回避するためには、つまりなんらかの「目的」を設定して、
きちんとそれを「達成」する、という結果を与えないといけない)

 

 

また、

オーガズムを得ようが得まいが
満足できる人は
例えば

「100人斬りする」と決めていて行為を行なった「回数」が重視されていたり
「こういう条件の相手とのセックス」を目的としていたりすると

種の保存とは別のところで「目的設定」がされているため
達成感が得られる=虚しさや悲しさが起こりにくい。

 

 

こういうタイプの人はどうであっても満足できる。

 

 

 

SMクラブなんかだとよく御目にかかる

「射精なくても楽しく満足」できる人たち

というタイプは

「縛られて呻いている女を見たい」

「相手が気持ちよくなることが喜び」

という風に
その人なりの目的がある場合がほとんどである。

 

 

その人に会えれば幸せ、という場合も同じ。

 

 

 

生命というものは
種の保存に向けて
どこかで自分のした行為や活動で「創造」された「結果」をほしいと望むもの。

 

 

種の保存=創造

 

 

 

 

 

これが生命の本質であって
生命体はこれ(創造)なしで生きることなんてできない。

 

どんなことであっても
創造すること=結果が出ること
これを求めている心があるのだ。

 

それが
自然なことなのだ。

 

 

日々を無目的に過ごし
趣味もなく
人生の夢も目標もない人が
ある日突然に

 

「一体なんのために自分は生きているのだろう」

 

なんて考え始めちゃうのは、これのせいだろう。
創造したい、という思いは、DNAに入っている。

生きがい・やりがいというものは
生命体が伸びやかにココロを快感にするためには不可欠なこと。

 

 

やってもやっても手ごたえを感じないことがあったら
虚しさを感じることとて当然なのである。

 

 

一方的なセックスで不満が起こるのもそうである。

 

 

 

ましてセックスという行為やセクシャリティは

自分自身のアイデンティティとは切っても切り離せない。

 

 

 

充実したセックスライフを送っている人が
仕事やプライベートでも充実しているというのは
よく理解できることだ。

 

 

セックスがうまくいかないと
自分の否定につながりやすいので、
他の面でも自信喪失気味になるのも無理はない。

 

 

メンズが自分を求められるとときめくのは
自分=自分の種を求められていると同義だから。

 

だからこそ
ちん○の元気が減って来ると
オンナからしたら「なにもそこまで」と思うほど落ち込んだりする。

性=自分自身

だから。

 

 

 

生命は
どうであれなんらかの目的に向かって

自分という存在を「活かされたい」のである。

 

必要とされたい。

 

 

 

ただ相手の欲望を処理するための道具のように十把一絡げに扱われたら
メンズだってオンナだって
虚しいだろうし悲しいだろう。

 

 

創造どころか「道具」では話にならない。

 

 

 

 

セックスや自慰のあとに
虚しさや悲しさを感じる人は
ぜひ
本当に愛しあえるパートナーを探しに行ってくださいな。

 

 

 

セックスの質が変わるはずです。

 

 

 

 

創造すること

それが生命の望みだからです。

 

 

 

 

こどもを持たない選択をしたカップルや
1人身を貫いている人は
「創造力」を、別の領域で発揮しているはず。

それは「性エネルギー(創造エネルギー)」を昇華させている、ということ。

 

 

なんにもなく、ただ手ぶらで無創造で生きることはできない。

 

 

パートナーを求める人は、お互いに活かしあえる相手と出会ってください。

 

こうしたから愛されるだろう、とか
見捨てられないように努力する、とかそういった
「打算」でも
「かけひき」でもなく
「与えること」ができる相手です。

おぶさるわけでも背負い込むわけでもなく
相手まかせにしない

 

 

 

信頼し、ありのままを受け入れ、与えあえる関係

 

 

それが本物です。

 

そして一緒にいて本当に心地いい相手ね。

 

 

 

「とりあえず」なーんて気持ちや
「寂しいから誰でもいい」なんて
行きずりのパートナーや
たいして好きでもない相手では満足できないはずです。

 

 

 

 

ラブホテルでは
無料でケーキをサービスしているところもあるので
こういうのはお腹も満たされて楽しいものです🍰

 

 

今日も楽しいプレイだったな😘

 

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