ほんものであるために

旅するセクシー
きょーかです☆

秋分!

 

秋分デシタ

 

 

昨年の秋分の日は
アメリカのルビコントレイルに行ったあとで
マウントシャスタ、っていう聖山行って、
そこの温泉入りにいったの。

 

余計なもの落としてすっきりしよう☆って

 

 

Stewart Mineral Springs

 

そうしたら
なんだかちょー有名なヒーラーさんも来ていてね

 

そっち系(宇宙とつながって生きてる系?笑)は
やっぱり考えること同じ、っていうか
呼ばれるんだなー、って思ったものです。

 

 

そしてその前の年
おととしの秋分の日といえば
免許取り立てでまだまだ自分の車なんて
駐車場代もかかるし持つこと考えてもいなかった頃

大好きな首都高で日の出見よう!なんて思いついちゃったから
朝3時くらいから
てくてく歩いてレンタカー借りに行ったのよね。

 

 

そうしたら
あとは借りて乗ってくだけ、ってくらい手続き進んだのに

 

「まだ免許取り立てなんですね!?」

 

「そーでーす(*’▽’*)」

 

「となるとー…お1人ではちょっと…」

 

「…へっ( ̄▽ ̄;)???」

 

ってことで、
免許とって1年経ってないから、
だれか(免許とって3年経った人)と一緒じゃないとレンタカーだめ、って言われてねー
日の出見られなくってすっかりしょげて帰って来た日がおととしの今日よ!!!

 

帰ってきて自分のお部屋から明るくなってきている空を見て

 

もーぼろぼろでもいいから
いつでも自由に乗れる自分の車持つ!!!!

 

って
決意!!!

 

そう、決意!!!

 

決意、って大事なんだよね。

 

この4日後に、
いまのあの!ジープくんと出会うんだよ。

 

ねー、
思いつき、って
大事でしょう?

 

 

「首都高で日の出見よう」っていう最初の思いつきがあって

「じゃあレンタカーを借りて行こう」っていうふたつめの思いつきがあって

場所や時間的な関係から、空いているレンタカー屋さんが限られてくるから
そうやって少しづつ現実的にしていった先に発生したできごとのすべて、

それによって、決意につながった

決意したあとは
それを現実にするために動くよね。

 

わたしの場合は

ぼろぼろでもいいから、とは思ったものの

じゃあどんな車?ってなったときに

ジープ一択、だったし、
色も決まっていたし
2ドアだとか幌だとか、細かい条件もぜんぶ決まっていた。

 

 

その、あたまに思い描いた車が
どこにあるか、

ここでまた、

思いつくまま(直感、ってこと)の方法全部使って
探したら
あった、っていうわけだ。

 

まーものすごいタイミングで
なぜか他の車を契約していたあとだったけどね。

 

10代の頃から、自分の感覚を研ぎすまそう、として
20代からテレビとか見なくなって、
それからある日

たくさん本とか読んでないのもあったんだけど
全部捨てたの。

一度読んだら、
私の中には入っているはずだから、
必要なときには引き出せるはずだ、って、信じて。

でも実は

ほとんどの必要な情報は

こういうこと知りたいなあ、とか思うと

だれかがふっとしゃべったり
そこにご縁がつながったり
たまたま目にした看板に書かれていたりして

テレビとかニュース見なくてもなんにも問題ない。

 

むしろ
余計なことを怖がったり心配しないでいいから、
楽チンになる。

(メディアの世界は「恐怖支配」。恐怖で人をコントロールしようと煽ります。)

 

わかっていると思うけれど
メディアって、
すごく選抜して放送したり情報を流したりする。

 

そしてそれがね、
正しいか正しくないか、
見てるものには基本的にはわからない。

 

なんかの画面を見たときに
直感的にマンダラが浮かぶ、っていうか

別の場面とか、裏のことがあたまに浮かぶことはあるけれど
それは同じように直感磨いていたり宇宙と繋がって生きてる人は、そうなると思う。

 

あれは、きっと、こうだよね、とかね。

すごい操作されてるからさ、
都合よく。

 

鵜呑みにしないで、

 

ああ、いま、こういうことを
けむに巻きたいんだな、とか
本当はこれがこうなんだな、っていうことをね、予測したり物語作ったりして
大きな視点で
見るようにしてみてくださいな。

 

 

ジープくんとのお話ですが

そんなこんなで

ニッポンレンタカーに断られたときは
そりゃあまああ、しょげたよね、

 

だって、わたし

 

思ったことを思ったタイミングで動かせなかったり
停滞したりすることが一番嫌いだから。

 

 

すごく不自由を感じて嫌なの。

 

 

あの日はほんとに暗かった(笑)

でも、もうその日から探し始めたから、車を。

 

むかついてもすぐ次の手段を取る。

 

でさ、
結局は最愛のジープくんがいて、
今日の秋分は
お天気があまり良くなかったから日の出は見られなかったけれど
ジープくんとちゃっかり首都高のってご機嫌だったよ。

 

これがスタートだったんだよね、って思い返して感慨深かった。

 

秋分の首都高、やっとのったわ(笑)

 

 

そして、あのときレンタカー借りることができていたら、
もしかしたらいまだに
自分の車なんて、持っていなかったかもしれないな、って思う。

 

宇宙で起こることって
一概に善悪とかで測れないんですよ。

 

そういうことを言ってるわけじゃないからね。

 

だから
不安になったり
怒ったり
落ち込んだり

 

そういう瞬間ってあるんだけど、
そこにハマりこまないで
ちょこっとそれを堪能してみたら(笑)
その後は、
もっとユニバーサルアイ、っていうのかな、

宇宙的な視点で眺めて見ると良いですね。

 

 

で、
タイトルにつけた

「ほんもの」

ってことなんだけど

わたしはね、この数年
やっぱり取り憑かれていたね(笑)

 

 

まだやや残っているけれど
ほぼ取れて来ているし
これは私じゃないな、ってわかるものが多いから、
それは安心してきてる。

 

なぜそういうことになったか、っていうと

 

私は自分自身の本心を偽っていたから、っていうのが大きい。

 

正しくは

偽って、人と関わっていたから

ってところでしょうか。

 

別に自分はそれをちっとも望んでいないのに、合わせた。

合わせてあげなくっちゃ、って思った、ってところかな。

 

それによって
しょうもないことにまきこまれていた。

太ったし。

 

ちょっとしたことで
大きく自分のエネルギーバランスを崩して
弱っちくなっていたところに
どんどこ「奪っていく」タイプの人が寄って来たのね。

 

それに対して私は

「差し出さなくてはいけない」

っていう方に転がったことで

与える、と、受け取る、のバランスが崩れて

自分をどんどんないがしろにしていたのね。

 

 

そうして
自分の軸がどんどんずれていったら、ちょっとわけわかんなくなりかけてささくれすぎて
なかなか自力で戻すことが難しい状態になっていた。

 

私なんかはどちらかというと
現状では「無形」のものを提供しているんですね。

 

快感、だったり、
楽しい時間、だったり、
心地よさ、だったり

 

そういう、目に見えない、計りづらいもの、ですね。

 

それを私は提供していて、それの対価としてお金をいただいている、っていうわけです。

 

この数年の
なかなかこびりついてしがみついてたやつら、っていうのは
こいつらもこいつらで、
目に見えづらいものなんだけど
簡単に言うと

 

「時間泥棒」的なものです。

 

あと、「エネルギー泥棒」的なもの。

 

これはね、似たような目にあった経験があればわかると思うんですけど

いるんですよ、
奪わないとエネルギーを得られないタイプの人たちが。

 

こういう人たちは、
自分の内側からエネルギーが生み出せる、っていうことを忘れていたり
できなくなっている状態だったりして
外側から吸い上げていかないと
エネルギーがまわっていかないから
せっせと吸い取りにくるわけ。

 

で、
エネルギーありそうな人のところへ行くんだけど
自分は吸うだけ吸っておきながら
「まだ足りない、まだ足りない、もっとちょうだい、もっとちょうだい」
ってなるだけで、
自分から与える、っていうことをやれないし、知りもしない、そんな気もない。

そんなジャンルの人たち。

私は、お人好しにもそういう人たちにもどんどこエネルギーをあげてしまっていたから
自分の軸ぶれてパワーが枯れやすくなったあげく
こちらにはひとつもエネルギーが還元されないから
不足するようになったんだよね。

 

そうしたら今度は、
私はそんな風に思うような人生送っていなかったはずなのに
どんどん「足りない病」になっちゃってね、
なにをやってもすぐに足りなくなるの。

 

怖いよねー(笑)

 

笑ってるけど、けっこう恐ろしいことよ。

 

エネルギー、って言葉を使ったんですけど、
これって、
他のことでも起こることなんだよ。

 

 

愛情表現とかでもそうだし、
コミュニケーションでもそう。

 

真似するようになる、っていうのかなあ、伝染する?って感じかな

そうだなあ、

 

たとえばね
駅で誰かにぶつかられて、謝られもしなかったとするでしょ、
その人は、そっか、そういうものなのか、って思って
今度自分がだれかにぶつかったときに
「みんな謝らないし」とか思いながら、謝りもしないで去ったりする、
そうすると、だれもだれにもあやまらない町ができあがる、とか…
そうなる循環、っていうことわかるかな?

 

でもね、
私はね、
みんなが、とか
だれかが、ってそういうの関係なく、

人間として自分はどう在りたいか、っていうところに立って

あらゆることを行いたいの。

ぶつかられて謝らない人も多いけれど、
私は自分がそれをやられたら腹が立ってそいつを殴りたくなってくるから(笑)
わたしは謝るとか、大丈夫、と声かけるとか、何かします。

私は自分が心地悪いことをしたくなくって、

気持ちいいことをしたいのね。

 

だけどさすがに
吸い取られるだけ吸い取られたら
自分の活動エネルギー(お金とか時間とか)が
現実的、物質的に枯れていきますからね(笑)
籠の鳥のようなものになっていって

 

あげく、
吸い取りタイプの人たちは
吸い尽くしたら
違うとこ行くんですよ(笑)

人を屍のようにしたくせに、ねー!

 

そんなことが積もり積もって、

 

もー嫌だ
もー嫌だ

 

って
さすがの私も腐りに腐って
ふてくされてずたぼろになって
岩戸に隠れたように生きていたんですが

 

それがぜんぶ
外からもたらされて
めくらましになってた!!!

 

ってわかってね、

 
そういうものとコネクトしてしまう
そして跳ね返せなかった自分、というものも見せられてね
 

ああ、
私は本当に素敵なものとか
一流のものを知っているし
気持ちいい場所とか
気持ちよくする方法とか
知っているのに

 

そういう「ほんもの」につながる道を
伝えて
みんなにも快感な人生を過ごしてほしいはずなのに

 

吸い取られて下流に流されたあげく
ぶっ倒れていたよ( ̄▽ ̄;)

 

すごい嘘ついてた

こんなにこだわり強いのに

 

って(笑)

 

 

わかるかな?

 

 

吸い取ったひとたち、
この人たちがしたことを
私はゆるすことはありません。

思い出すと
腹立たしさと悔しさと
言葉にできない気持ち悪い感覚で叫びたくなる。

 

 

いっぱいありましたよ、

AVプロダクションにだまされて、
お客様だと思ってた人に足元すくわれて、
レイプだって、さんざんされましたから。
借りてた事務所のオーナーだって、なかなかの…
いやー、あれでよく今までやってたね、あのおじさん。
やばいでしょ、モラルと礼節なってなさすぎで、いくらなんでもあれはない。

 

腹たつじゃすみません。

 

メンズはAVとか漫画とかの印象で
どっちかというとムラムラするかもしれなくって
ピンとこないと思うんだけどレイプってね

 

あなたのお家に
許可もしていないのに突然ずかずか土足で人が入って来たあげく
冷蔵庫のものを勝手に食べ散らかしてテレビ見てくつろがれて
勝手にあなたのmacのパスワードを変えたり
服を捨てたり破いたり
ソファとかカーペットの上とかその辺でおしっことかしちゃったりしたあげく
驚き戸惑うあなたにビンタして

楽しかったよ、さんきゅー、じゃあな

って
当たり前のような顔して去って行くようなものです。

 

メンズはこれをOKできるのだろうか???

ていうか
これを強烈な怒り以外で語れる人はいるのだろうか?

 

これがレイプですよ。

 

ひどい人になると、知り合いのような顔してこれをしようとするからね。始末に負えない。

 

風俗をしていると
「うっかり入った」とかそういう意図的なことを狙う人がいるようなんですけどね、

自分の仕事道具とかですら
他人が黙って使って
「うっかりしちゃった、わりいわりい」とか言われたら
同僚でもむっとしませんかね?

 

自分の車にいきなり他の人が乗り込んでたらいい気分しないと思うんだけど。

 

そんな腹たつ人たちの行為を
私はゆるすことはありません、一生ね。

 

そんなに人の体に敬意もはらわず
我欲をほんとうに我欲で終わらせるだけの都合よく肉体つかっていく人間なんて
ゆるせるわけがないじゃないですか。

 

よく、
「ゆるしなさい」とか言うじゃない、
あれね、
全部、だよ。

 

 

全部ゆるすんだよ。

 

だから、私はね

ゆるせない自分の本心をゆるしているの。
だってゆるせないもの。
ゆるしたい、と思ったことなんて、一度もないもの。

 

私がされたようなことをね、もし、
(性別関係なく、ね)自分の身内や大事な人がされた、って知ったら
とんでもないこと
怒りどころじゃすまない話。

 

でも、
起こった現象に関しては
私の考えや行動を変えるきっかけになっているし
価値観を知らしめてくれてるから
体験としては
ありがとう、なんです。

 

受け止めている、っていうこと。

 

おかげさまで、わかりました。
ありがとう、
もう十分です(笑)

 

って感じ(笑)

 

身内とか大事な人がされたらとんでもないこと、っていうくらいのことなのに
自分にされていても、私はそこまで
自分を大切にしていなくって、
ぼろぼろのボロ雑巾のように扱っていた、っていうことでもある。
それを体験を通じて教えてくれた、っていうこと。

 

わたしは、
そちらにアンテナの周波数をあわせてしまっていたから、
いいこいいこしてあげなくっちゃ、って思ってるときがあったのね。

 

でもね、違うんですよ。
違ったの。

相手が違っていた。

こころからなにかしてあげたい、というときって
体が勝手に動いたりするんです、わたしは。

でも、だんだん、
なんだかおかしいな、って思って来て
そこから
ずるずるされているんだな、って気づき始めたんです。
ピュアすぎました。

そういう形での「ありのまま(そのまま)」ではなくって
素質を見ることが得意なんだから
そこを磨ければ良かった。
眠っているその力に
火をつけてあげる役ができていれば良かった。
 

ほんもの、になれるように
道を作らないといけなかった。

 

それのために、あれこれ知識も体験も増やしていたのに、
いつのまにか引き下げられていた。
というか
そっち側に降りすぎてしまっていた。

 

そっち側にあわせるんじゃなくって
宇宙とか
もっと気持ちよくって最高にハッピー、っていう方にあわせて
そういう人たちですら引き上げられるものであればよかったのよね。
ふん、って
そこにいたければいればいい、こっちにきた方が楽しいぞー、って
あしらっておけば良かったの(笑)

 
だから
ゆるせない、ってむかつく気持ちはあるけれど
いつまでもそこに囚われているのではなく
私は私の人生を自分で進めていかないと
その人たちは、なんにも気にしないで(きっとそんなことしたことも忘れて)大笑いしながら生きているわけで
大事な人生がこぼれおちていってしまうから。
 

わたしはものすごい強運があって
あらゆることがけっこう
びっくりな拍子に進むことが多いのね。

 

で、
不幸の不幸っぷりも
もうすごいレベルだけど
幸運の幸運ぷりは
それの何百倍ものレベルだろうから、
関わる人たちもそういう風に
本当のハッピーが増えるように
道を作ることをしたかったんだったのね。

 

てきとーな輩に飲み込まれて
自分を捨てて
自暴自棄になっていた(泣)

 

嫌な状況のすべてが

ああ、こんな風に人と関わってたのに
違和感に気付きながらごまかしていたんだなあ、とか

 

見ない、気にしないふりをして
本気で生きていなかったなあ、って

わかっちゃったんだよね。

ちょ〜っと
いっぱいくっつけて
覆われすぎてて今更感すごいんだけど

 

だからこれからは
ほんもののエロスと
ほんものの気持ち良さ
ほんものの喜び、とかに迎えるように
道をつくっていくよ。

 

それはね

1人1人が
自分の幸せに気付けて、
最高に幸せになって
だれかにも与えられるようになる、っていうことです。

 

人を傷つけたり、
攻撃してきたり、
奪ったりする人たちっていうのはね

それしかやり方を知らないから、
哀れな人たちなんです。

 

その人たちがそうされてきた人たちかもしれない。

 

そして、いつもいつも
なんだか大変そうなことになっちゃって
自分で気付けていないけれど
奪うしか
エネルギーを得る方法がない、って
思い込んじゃっているんです。

 

かわいそー

 

だけど

 

自分で

こんなのいやだ!!!!!

自分を気持ちよくしてあげるんだ!!!
 

って
思わないかぎり

自分の光って、
発動しないから。

 

どんなことであっても
決意は自らで決断しないと
なにも動かないですね。

 

昨年の秋分の日
わたしはマウントシャスタの温泉で
ちょーつめたい川にはだかで飛び込んで

 

つっめたあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜い( ̄▽ ̄;)←ほんとにびっくりするほど冷たい川の水

 

とか思ってましたが(笑)

 

あのときのマウントシャスタは実はそうとう厳しくってね
自分の状況から、心のなかと向き合わざるを得ないことが
次から次へ
起こっていたの。
旅であんなに泣き叫ぶなんてねー、って感じ。
ただの旅じゃなかったね。
ま、秋分からめて旅したの自分なんで(笑)
出し尽くしたかったんですけどね。

 

すごい辛くてまたこれ
すごい暗くなるときがあった。

 

しかも帰って来て風邪すごくって(まあつまりほんとのデトックスです)
声も出なくなったしね。

 

いちいちすごかった(笑)

 

ところが
これもきっと
宇宙が道を修正して
こっちに作り直しなさい、っていうことを示すためだったのだろう、と

 

人生とか宇宙のはからい、って

 

人智を超えて
はるか向こう側にあって
なんせ未経験のことを未経験の方法で起こして来たりするんだから
(だからそれを人は「奇跡」と呼ぶ。想像できなかった、ってこと。奇跡についてはまた別に書きます。)

 

単純には言葉にできないものです。

 

 

現象によっては
自分には苦しみであっても
他の人には大したことじゃないかもしれないことって、
いっぱいあるじゃない?

 

そうなると、だよ

 

それを自分が「苦しみ」ととらえていることにもメッセージが隠れているわけね。

それを拾えるのは自分だけ。

そこから自分がどうクリアできるか、っていうことが
人生の鍵なんだ

 

なのでここからは

 

わたしは気持ち良さや楽しさを
昔のように

 

 

内側から
満たされるように…

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