How to make Kyouka.

 

 

幼少の頃より
エロティックなものや官能的なことに心惹かれ
裸の女の子の絵を落書きしていたり
女友達と触り合いっこをして育つ。

小学生の頃「1日ひとつ好きなことをする」という宿題で
童話の第一話を書いて持っていったら思いのほか評判が良く
当時の担任がクラス中にコピーして配り
予想外に突然全員から注目されたことに恐れ戦き、
童話のページはのりづけして封印、
ココロで断筆宣言をする。

小さい頃は「旅する詩人」になりたくてボンデージが着たかった。
中学生の頃は「映画監督」「尼さん」「花魁」になりたかった。
高校生の頃は「ネ(調香師)」になりたくて、自分のホテルを作りたくなった。

高校時代はアコーディオンを習って高尾山へ上って渡り廊下でバタイユとニーチェを読んでる間に留年。
高校生活には興味も未練もないから行く気もなかったけれど
大学で勉強したいことがあったので大検を受けようとも考える。
ところが当時の教師陣と仲がよく、結局通って卒業。
それを見ていた後輩の女子が留年したときに
「私もがんばることにした」と言われて
「自分のちょっとした選択と行動が、人に影響を与えることもある」ということを知る。

心理学の「夢と睡眠」の関係を学べる学校をリサーチしていたものの
風水的に京都が良い土地である、ということから京都へ行くことに決める。

 

大学在学時に、学費と生きることの必要性から
ファッションヘルス店でセックスワーカーとしてデビュー。
処女であったため当時のマネージャーから面接時に止められたものの
「やってみなくちゃわからない」「合わなかったらやめればいいだけ」
持ち前の好奇心と探究心からプレイを楽しみ
入店翌月より早朝の部でNo1となる。
早朝は予約が少なく、他キャストの指名数が10本あるかないか、という状態のなか
30分のプレイを「まいて」と言われるほどご予約があった。

ヘルスは本番行為がないため、しばらく処女のままプロの仕事を続けた。

通常のよくある
シャワーしてキスして全身を舐めたりしている間にフィニッシュ
というヘルスだったにも関わらず
不思議なくらいマニアックなお客様が多く通って来ていて
スクール水着はもちろん、
ヘルスなのにお客さまの剃毛をしたりされたり
聖水を飲ませたりしていた。
ある時、他のお姉さん方に「おもしろい方が多いですよね」などと言ったら
「そんな客、来いひんわ。あんたんとこだけやで。」と言われた事で
当時は自分の所だけだったことに気づく。
日の出から働き、終わると大学へ通っていた。
大学での専攻は哲学科。
しかし、誰かの思想を学びたいわけじゃなかったことに気づいて
「風に吹かれたらいろいろわかるだろう」と
風に吹かれるために退学。
京都で初めてのストリップ観劇@デラックス東寺。

その後
東京へ戻りアパレル勤務をしていたものの
ボンデージへの憧れがおさまらず、SMクラブ(M女店)に在籍し
同クラブNo1として
個性豊かな顧客との多彩なファンタジーを楽しむ。
その合間に、上司との不倫などで趣味のち○毛剃りの腕をあげる。

この時期に、
SやMに限定されない無限のセクシャルファンタジーの世界を体験し
「エロスとは、すべてを受け入れていくことと同じなのかもしれない」ということを思う。
ある時を境に
プレイしていても果てしなくエネルギーが湧いてくる感覚と
「これ、天職だ」という直感が起こる。

そんなノリノリで働いていたSMクラブを、
とある魔が指して突如として退店。

自信喪失するほどの出来事だったので
かなりの打撃をうけ、気落ちする。

その合間で
あらゆる依頼は私にできる仕事だから、と真摯に取り組みながら
「LOVE OFFER」で生きてみようと試みる。
これは自分の仕事に金額を定めないで、
得られる報酬は、響香と出会うことで相手が得られた対価で決めてください、
という試み。

しかし、ややこの試みはしくじり、さらにパワー半減。
そんなパワー半減中でもエロスの好奇心が止まることなく
好奇心とテクニックのためにM
性感、アロマエステ、ソープランドなど
様々なスタイルの快楽とプロフェッショナルの現場を体験。

そんな幾多の経験を通じて自分自身のワールドというものを知り、
大人の欲望を解放できる、
好きなように好きなことができてカスタマイズできるエロいディ○ニーランドで遊びたい、と思うが
探しても見つからないので
2012年7月1日に
「大人のエロティックアミューズメント」
「五感を刺激する非日常の空間」がコンセプトの
タントリックスパ・シャングリラをオープン。
現在は「アシュタルテ」と名前を変え、プレイを楽しみつつテクニックを磨き続けている。
あえて「スパ」にしたのは、エロは解放と癒しを担う最大の力だと信じているから
心身のリトリートという点で、スパがふさわしいという考えから。

プレイでは
お客様から「官能の魔術師」と命名され
「会うと嬉しい」
「進化し続けるプレイ」
「これまでで1番楽しかった」
「ヤバい」
「死ぬ」
「ほんと、最高」
という感想を多くいただく。

出会う人の肩書きも年齢も性別も超えたありのままの
丸裸の姿を受け入れていくことで徹底的に快楽へ導いている。
得意なプレイは「じわじわ焦らしていく」プレイとキス
好きなプレイは「野外プレイ」「露出プレイ」「剃毛」「着衣プレイ」「W&M」「体液交換」などなど結構マルチプレーヤー

エロティックなサロンワークと並行し
大学の頃より、カラーセラピーやライトセラピータイ古式マッサージや風水などを学ぶ。
それと同時に
ブッダが悟ったというヴィパサナ瞑想の10日間コースにも2回参加。

徹底的に進みたがっていたところへ
スピリチュアルというものに偏った排除感と疑問を感じ
片側だけじゃなくて、否定じゃなくて
すべてがマンダラなんだ、という自分なりの結論へ至る。

聖俗両方を経験した結果から
それまで学んだホリスティックな癒しの手法や古来からの智慧を
ヨガなどのボディワーク、
10000人以上とのプレイ時に得た知識とフュージョンさせた
新時代のカーマスートラを独自の観点から「官能学」として体系化中。

2010年より
シャリマーライフスタジオとして
セックスレスのカップルや
性の意識を拡大したい老若男女のエロスを開くきっかけに
愛すれば愛するほど
自分もパートナーもHappyになる
ラブ&エロスのレッスンを開始。

「エロスは生きるパワーだ」として
「感じる力」を「官能力」として
誰もが感覚を目覚めさせ、正直になることで
Happyも加速する
ということに気づき
性の抑圧(=欲求の抑圧)から解き放たれて
本来の自分(素直な欲求)を解放すること
「自分の「快」に従って」気持ち良く生きることの大切さをレッスンしている。

 

直感に優れサイキックな側面がある。
自分の直感力には絶対的な信頼を持っていて
さらに直感力を磨くため、大学時代よりテレビのない生活を続け
「必要な情報は求めた時に入ってくる」という日々を生きている。

といっても、
オカルト(7不思議とかオーパーツとか)は好きなものの
自分で体感するまでは答えを出さないのでサイキックにも疑いを持っていた。

幼い頃より、予知夢や霊的不思議現象を多く経験。
また、感覚的に物事のつながりに気づく事が多く、呼吸法は小学生時代に独自に習得。
夢や世界からのメッセージを読み取る能力にも長けている。
SMクラブ時代に
プレイでお客様に良いエナジーが流れると良いな、と
徹底的にあらゆる浄化行っていった結果
どんどんエネルギーを感じる力が強くなり
エンパス能力が開花。
プレイ中にもカラダやココロの状態や過去生を言い当てることがある。

旅好きで
東京タワー好き http://naked-venus.com/tokyotower/

数年前の伊勢、二見浦で日の出を見て以来
世界遺産や気持ちがいいエリアで日の出を撮影するのが趣味の
日の出ウォッチャーになる。

今のお気に入りはセドナとメキシコ。
思い返すと、小学生の頃は裸の女の子の絵かピラミッドをいたずら書きしていた。
これから行きたいエリアはイースター島とインドのカジュラホ、ボリビア、エジプト、
マダカスカル島、マチュピチュ、フランスのエロス博物館、オランダ、スペイン
英語は全く堪能ではない。
でも外国人に声かけられる率がハンパない。

 

写真が好きで写真を学ぶ。
夢からの啓示でマタニティフォトの撮影を始める。
セクシー好きとセットになって
マタニティランジェリーの輸入販売も開始。
現在、マタニティランジェリーのセレクトショップのオーナーでもある。

 

その他、
映像研究所にも在籍経験あり。マニアックな映像を作る。
西治美先生のZENフラワーズアカデミーで、
ウエディングブーケの製作とアレンジメントを学ぶ。

一時期、
ふとしたトラブルからパニック発作が発症するが自力で克服。
このことからも「正直でいること」を学ぶ。
喫煙も高校の頃からヘビースモーカーであったものの
ある日突然「もういらない気がする」と思って以来
副作用もなく欲求もなく、非喫煙者となる。

たまたま旅をした高野山で
ご縁をいただいた無量光院に宿泊した際
「欲しいな」と言ってみたらその日にご住職より「康蘭」という名前をいただく。

 

こんなのやってみたら「39:夢とロマンのコアラ」になった
http://60animal.miiweb.jp/kansanhyou/index.html

北斗の拳ではラオウが好き
ジョジョは4部ラブ
コブラのアーマロイドレディとか、キャットウーマンとか、
とにかく好き